1月2日(火)あけましておめでとうございます。
このつまらぬHPにお越しいただきまして、誠にありがとうございます。アクセス数が増えて、ああ、誰か読んでるのかなと思うことは、とてもとても生き続ける励みになります。感謝感謝!でございます。今後とも、出来ればまたお越し下さればメチャメチャ嬉しいです。 日曜日もそうなのだが、特に正月はたくさんの人が休んでいて(働く人々も増えたけど)、町には仕事中のカリカリした空気が去り、穏やかな呼吸が町中を覆います。
動物や木や石ころや空は、21世紀になったなんて勿論知らないだろうが、人間界のいつもとちょっと違う雰囲気は感じているかもしれない。
人々の心は何となく新しい気分になり、昨日のことだけじゃなく、1年前、世紀越えっつうことで100年前の遠い過去のことまで思い起こし、明日へどうやってつなげようかしばし考えます。そして、相変わらずの日常が再び延々と続くことも思い知るわけですね。
自分が体験したことだけが、自分が生きてゆく糧になる。100年前起こったことや、よその所で起こったことは、うわさ話としてしか知り得ない。しかし人は独りだけで生きているのではない。うわさ話も人との関わりの中で、影響力を持ったり、時にはひょんな事から己の眼前に立ちはだかることもありますね。
大きな地球の中の多くの人間の中のちっぽけな「私」という存在が出来ることは思いっきり少ない。しかし、ある意味、「私」が生きる現場の全てである以上、自分は自分のやるべき事をやるしかないだろう。そしてそれは、地球の裏側の人や、100年前の見知らぬ人の思いや、遠い星の無機物質と、細い糸でつながっていると思いますよ。
10代や20代の時に「戦争をなくすためにはどうすればいいか」と美しいことを美しく考えていました。今もその思いは変わらないが、当時自分だけが輝きたいが為にそういうことを一生懸命考えていた気がする。答えはなかなか見つからないか、永遠に見つからないかであろう。・・・・ああ、生きている、ということだけなのです。
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