超詳しいプロフィール

 

幼少の頃、ヤマハオルガン教室に通い、
小学校の頃、ヴァイオリン6年間を習い、
西条秀樹を一生懸命唄ったり、天地真理を聴いたり、
フィンガー5のブルージーな間奏や映画「エクソシスト」のテーマ音楽や
カトちゃんの「ちょっとだけよ」の音楽をコピーしてピアノで演奏する。
中学入学前後、トニー・デフランコとデフランコ・ファミリーの「恋のハートビート」をラジオで発見、
洋楽の世界に足を踏み入れ、続いてカーペンターズに惚れ込む。
そしてビートルズの「ヘルプ」の速いビートと切ないメロディに打ちのめされたことで、
その後の全てが決まる。以後長らくビートルズが最大のお気に入りとなる。
本格的に演奏、作詞、作曲、編曲を独学で始める。
家にあったウクレレやおもちゃのドラムやお菓子の空き缶を叩いて多重録音する。
フォークギター、エレキギター、エレキベース、ピアノ、何でも弾いたり叩いたり。
そして、なのに、ある日突然太田裕美のファンとなり、
太田裕美の音楽のコード進行やアレンジを研究。
ディープパープルを聴き、必然の流れでバロック音楽、主にバッハも好きになる。
甲斐バンド大好きになり、演歌として認識。

 

中学、高校と文化祭などでピアノ、うた、ギター、ベースなど演奏。
中学の同級生・高橋ヨシアキ(生ギター、Vo)+奥村俊彦(生ギター、ピアノ、Vo)
という一見フォークデュオ形体のパンクロックバンド・「性歌隊」として活動。
オスカーピ−タースンやリーリトナーを聴き、クロスオーヴァーも演奏。
高校卒業辺りにビートルズ一辺倒から抜け出し、ローリングストーンズに傾倒、
ストーンズのコピー&オリジナル曲をやるバンド、LINGERY BOXでピアノとオルガンを弾く。
黒人R&Bまで手を伸ばす。
「1970年日本フリージャズ大祭」というオムニアルバムを聴き、
ノイズ?フリー?っぽい音楽を初体験。

 

大学時代に飲み屋でピアノによる歌伴奏、ソロピアノ、弾き語りをしつつ飲んだくれるが、
クラシックピアノも少し習う。
BLUES FUNCTIONというバンドでフュージョン、ブルース、R&R、ポップス系オリジナル曲をやる。
中学の同級生・高橋ヨシアキが、ロックバンド・テーゼ(THESE)を始め、
奥村はピアノ、オルガン、シンセ、コーラス、作曲をやる。
テーゼはカセット、ソノシート、CDを発表、ライブハウスや路上で、ライブ活動。
テーゼは人間としての自己や、他者との関係のあり方に関する、あふれる主張を、
音だけでなく、言葉や演奏場所の選び方にもこめ、独自の活動を展開、
一部マスコミや諸団体からも注目される。民族音楽を聴く。

 

テーゼ後、奥村は独りでピアノ弾き語り。
その延長でヴァイオリンの藤川明人とデュオ。ユニット名「日本太郎」。
ロックバンド、KDPeggmanに参加、
吉田尚史(現、火足)という強烈なVoのバックでピアノ、オルガン、ノイズギターを演奏。
その延長でミーボーズ。レゲエなどを演奏。
レゲエという黒人音楽の延長で、ジャズを思い出し、ピアノで歌う事に決め、声による歌は辞めた。
ジャズピアノに専念するようになる。

サルサバンドを経験、
中嶋美弥先生に教わる。
クラシックの十二音技法を研究、作曲の参考にする。

 

 

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