私事ですが・・・<新左翼について>   

 家族が嫌いでした(今じゃ感謝しちゃってるが)。学校が嫌いでした。就職すりゃ企業がイヤでした。おまけに自分も大嫌いでした。
 集団自体を輝かすためにその個人をねじ曲げるのが耐えられませんでした。ひとりひとりみな違うのに・・・。特に自分らしくありたがる僕は。 

 そういう集団全てを陰に陽にバックアップしているのが「国」だと仮定したとき、僕の嫌悪感の理由がみごとに言葉となりました。「国はやがて死ぬ」というマルクスの言葉は、すでに当時希望を生み出さないダサダサのせりふに成り下がっていたが、僕がイヤだと感じていたことは、ただのわがままではなく、正当なことかもしれないと教えてくれました。

 結局は集団が嫌いな僕!集団が大きければ大きいほどおぞましくなって行く。切り捨てられる少数派が増えるし、作業は分業化され、世界は広く美しいことを忘れてしまう。
 国は集団の中の王様です。それに、人を殺す軍隊や死刑の道具まで持ってるので、非難することは簡単だし正しいと思いました。新左翼も集団なのでどこかおかしいと思いつつ、もっとおかしい国を敵に回すところが好きになりました。

 時は流れ、今知ることは、新左翼も国も正しくない。でも全て正しくないので特別な事じゃない。一方、全部正しいと言ってしまえば正しい。どの思想体系もどの言い訳も一理ある。正しいか正しくないか考えること自体ばかばかしい。
 国による殺人・暴力ダメ!なので、革命家による殺人・暴力もダメ!早まるな!殺さなくたってやがて死ぬんだもんね。
 バランスをとることじゃ!
 国家もあって、新左翼もあって、新右翼もあって、良かろうが悪かろうがいろいろあるっ。お互いすぐに認め合わなくてもいいけど、焦らないこった。太っ腹で行っきましょうや!

<「マルチメディア共産趣味連盟」について>

エグレアの趣旨としては、パロディー部分を見て、笑える方は笑っていただけたらと思います。
 見てみりゃわかるんだけど、このサイトは新左翼に共感しつつも、あくまで距離を置いてます。
 広い世界には左翼も国家も雨の日も晴れの日も、色々何でもあって、全て特別ではなく、自然に普通にそこにあるだけです。怖がる必要も嫌悪する必要も執着する必要も実はないのです。